日経平均大暴落~平成の鬼平のバブル退治!1990年を振り返る!

2021年2月15日は日経平均3万円を回復した記念すべき日となりましたね。

1990年の8月以来、実に30年半ぶりのこと。その当時はまさかこんなに低迷が長引くとは思ってもみなかったですが、昭和の株屋にとっても感慨深いです!

と言うことで今回は1990年を振り返ってみたいと思います。わしは投資家としてリーマンショックとか経験してないので比較出来ませんが、この年の相場ほど酷い相場はそうはないと思います。

まさに地獄が始まった年でした・・

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1990年はどんな年だったのか?

一言で言うならバブル崩壊が始まった年ですね。

ご存じのように1989年12月の大納会で日経平均は史上最高値の38915円を付けました。しかし年が明けて1990年の大発会からはズルズルと下げ始めました。

さすがに何日連続で下げたのかまでは覚えてないですが、新年早々かなり厳しい下げだったのは確かです。

当時はこんなことになるなんて誰も思ってないですし、前年の大納会には最高値を付けた後ですからね。誰もがおかしい、おかしいと言いながら日経平均は順調に下げ続けて行きました。

 

それと昔は株=上がるものと誰もが思っています。もちろん銘柄にもよるとは思いますが無限ナンピン最強と言われていた時代ですからね。

証券会社の営業マンは下がれば買い、もっと下がれば買い、さらに下がれば信用でナンピンさせるのが定石だったんじゃないですかね。客も買い下がればいつかは儲かると思っていたので奨めても乗って来ました。

 

ところがバブル崩壊が始まっていたのでそうは簡単に株価は戻ってくれません。下げ続ければ当然ながら担保不足~追証も発生しますからね。

営業マンとしてそれまでほとんど経験がなかった追証の請求をやる羽目になりました。素直に払ってくれる客ばかりなら良いですが、客とのトラブルもそれなりにありましたね。

最もその後の投資信託でのトラブルと比べれば可愛いものですが。

 

平成の鬼平?日銀の三重野総裁のバブル退治!

1989年の12月に日銀の総裁に三重野氏が就任しました。 良くない意味で伝説の総裁ですよねw

三重野総裁は就任するや否や何度も利上げをして金融引き締めを行い、8月には公定歩合を6%まで引き上げました。これだけ短期間に金利が上がれば当然ながら株価は暴落しますよね。

しかしマスコミはバブルと戦う平成の鬼平と大絶賛してました。 今もその当時もマスコミなんてホントにいい加減と言うかまさにマスゴミですね。

もちろん行き過ぎたバブルは良くないですが、株価が暴落、土地も下がり始めたのに金利を上げ続けるとは正気とは思えませんよね。もちろん後からだから言えることかも知れませんけどね。

 

翌年になって株が暴落しただけでなく、景気が明らかに悪化しても三重野総裁はすぐには利下げしなかったです。 あまりの頑固さに当時の自民党の実力者で実質的に政権を担当していたと言っても過言ではない金丸氏が「総理はオールマイティーだ。総裁のクビを切ってでも・・ 」とまで言いましたからね。

それで余計意地になったのかな?利下げせずに頑張るその姿にマスゴミはやんやの大喝采。証券関係者や投資家はもちろん商売人からはまさに怨嗟の声が出ていました。

 

しかし三重野総裁1990年にもう少しゆっくり利上げをして、その後もっと早く金融緩和に踏み切っていたら・・と思います。大勢に影響はなかったかも知れませんが、ハードなバブル崩壊ではなく少しはソフトランディングさせられたのではないでしょうか。

失われた○○年も最初は10年だったのが20年、30年になってしまいましたからね。

 

イラクのクウェート侵攻~日経平均2万円割れ!

三重野総裁の急激な金融引き締めにも関わらず、一時は持ち直す場面もありましたが平穏な日々は続きませんでした。と言うのも8月にイラクがクウェートに侵攻しましたからね。

もちろん侵攻がなくても下がったと思いますが、再び下落に弾みがついたような感じです。クウェート情勢のニュース次第で上げたり下げたりはありましたが結局、10月には日経平均は一時2万円を割り込んでしまいました。

湾岸戦争が始まったのは翌1991年の1月ですけどね。

 

しかし約10ヶ月で日経平均は半分になったわけです。率はともかく下げ幅は実に2万円ぐらいですからね。

これだけ見るといかに凄まじいい下げだったか分かりますよね。わしはITバブル崩壊やリーマンショックはわしは経験してないですが、もしかしたら体感はそれ以上だったかも知れません。

いつか戻るだろうと思ってナンピンしてはやられると言う年だったと思います。

 

某大手証券は底打ち宣言を16回?

そんな酷い相場でもアホな上司は「いつか戻るに決まっとる。買わせろ!」と言うだけ。別にわしがいた会社だけじゃないですけどね。

わしの記憶が確かならば某業界最大手の会社は1990年16回底打ち宣言したようです。業界トップと言ったってこんなレベルです。

 

ただ株価は下げ続けてましたけど企業業績はそれほど悪化してなかったです。今までほどではないにしてもそれなりに潤ってた所も多かったですからね。

そのため「それほど景気が悪くないのに何でこんなに下がるんだと言うのが大多数の意見だったかも知れません。それは客も同じでした。

 

何を隠そうわしも株価が下がって嫌な思いはしていましたが、1990年の夏は過去最高のボーナスを貰いました。だから景気が悪いなんてまったく思わなかったです。

ここを乗り切ればこの先良くなると思って毎晩のように飲み歩いたり遊んだりしておりました。そんなことやってたからこんな人生を歩むことになりましたが当時は分かるはずもありません。

 

最後に・・

今回は1990年を振り返ってみました。バブル崩壊が始まった年で大きな出来事としてはやはりイラクのクウェート侵攻、そして統一ドイツが誕生がありました。

それと何と言っても三重野日銀総裁の急激な金融引き締めですね。今では考えられないと思います。

とは言え1990年はまだ不況が顕在化してなかったですからね。それなりにバブルに踊った年でもありました。その当時はまさか日本経済の低迷がこんなに長く続くとは誰も思わなかったと思います。

そういう意味では日本の分岐点と言っても良い年だったかも知れません。